02

コラム&レポート コラム&レポート
未来につなぎたい大切なものは? 〜それぞれの視点で持ち寄る広場〜 未来につなぎたい大切なものは? 〜それぞれの視点で持ち寄る広場〜

11

楽チン! 楽しい! “楽農”への大転換、挑戦中

今は未来、2054年8月。

小山市大谷南地区では、様々なスタイルで農業が盛んに行われている。今回は、この地区の農業を長年引っ張っているベテランの中から、山中悠輔さん(63)と岡本修一さん(73)をご紹介しよう。

初めて取材班がお二人にお会いしたのは、今から31年前(令和5年)、私達がまだ白鴎大学地域メディア実践ゼミの学生だった頃。当時、若き山中さんは米とレタス、岡本さんはかぼちゃを中心とした様々な野菜を愛情を持って育てていた。

未来への想像を膨らませる若き日の岡本さん(写真左)と山中さん(右)

その時点でもう、お二人は農業のアサッテについてこのように語っていた。

岡本さん「みんな、楽をしたいと思う。アンドロイドがやってくれるんじゃないかな。俺は、面白いなって思うことが増えてほしい。みんなが思う農家って、汚いしキツいし…」

山中さん「まぁ危険もありますね。3Kですね(笑)。」

岡本さん「そうそう。でもやっぱりおもしろいんだってことに、気づいてほしいな。」

山中さん「田んぼの作業をやってて土に一回も触らないとか。そんな風に機械化して、楽になってほしいですね」

これを聞いた当時は学生記者の私たちでも、「一回も土に触らない農業? 果たしてそれは本当に農業なのか?」というかすかな戸惑いもあった。しかし2054年の今、山中さんと岡本さんが描いていた未来予想図は、現実となってきている。お二人のこれまでの道筋を、《楽》になったスマート農業と《楽》しくおもしろい農業の二つの《楽》で振り返っていこう!

◆資金と知識と——スマート農業を後押しする2つの支援

令和5年当時、AI技術を採り入れたスマート農業は徐々に生まれつつあるところだった。田植機を無人化しGPSでまっすぐ植えるよう遠隔操作するなどの技術だが、莫大な費用が難点。稲刈り機1台約1000万円に、さらにAI機能を付け加えるとなると簡単に手が出せる額ではなく、導入している農家はごく少なかった。

農機ってこんなにするの!? 価格表に驚く取材班

そこで政府は、導入する農家にAI補助金やスマート貸付金の制度を作って、支援を始めた。

例えば、令和5年当時には全国的にまだわずかしか使われていなかった「農業クラウド管理サービス」。ドローンで撮影したデータを基に、稲など作物の状況や収穫予想、肥料の量、水量(用水路の開閉)などを全て管理できるアプリだ。このデータがトラクターに入っていれば、肥料を多くしたり減らしたりも自動でやってくれる。普及につれて多くの農家のデータを集め平均化することで、どの農家でも安定した量・品質の米を作ることが可能になっていった。

導入初期(令和5年当時)のアプリ。自分の田んぼでの仕事の記録ができた。

しかし、どこまで機械化しても、その機械を使いこなし管理するのは人間だ。「野菜の育ち具合や経営について、なんでダメだったのか考えるのは、人。その考える可能性(判断材料)を広げるのが、AI」と山中さんも初取材の時に言っていた。だからそこには、農家ごとのレベルの差が出てきてしまう。

そこで2030年代には、AI技術を導入する能力や知識を問う「スマート農業検定」制度がスタートした。検定で高い級を取れれば、AI補助金やスマート貸付金でも優遇される。この検定に受かるための「スマート農業初心者講座」もJA小山など各地域で始まり、農家同士でノウハウを共有し合う交流も増えた。

◆サブスクで田畑貸します——広がる新たな農業の形

その後もAIを活用した技術は発展を続け、2054年の今では、機械で扱うのは難しいと言われていたレタスなどの柔らかい作物も、自動で収穫が出来るようになった。野菜の葉っぱの間に虫がいるかどうかの確認も、手作業から特殊カメラでの検知に替わった。田んぼ用ルンバが土をかき混ぜながら苗の間を進んで除草してくれるので、除草剤の農薬を使わない農家が増えた。田植えから稲刈りまで全自動機械化されたことで、人間が土に入らずとも自宅でのボタン操作で米が育てられるようになった。温暖化が進んで気候変動は激しくなってしまったが、正確な予報で防水ゲートや防風カバーが被災前に田畑を守るようになり、風水害の影響は小さく抑えられるようになった。

こうして“楽ができる農業”になったことで、3Kのイメージもなくなり新規就農者が増えてきた。また、食料危機に備えて国の政策で全国民に「一人一小畑」を持つことが勧められるようにもなった。こうした変化を見て、山中さんは新たなサービスを起業した。それは、新規就農したい人に対して田畑を貸し出し、サブスク(定額)で利用できるサービスだ。

令和5年当時、山中さんの所有する田んぼは徐々に増えつつあった。

AIがついているので本格的にやりたい人は選んだ作物の種まきから収穫までを学びながらでき、もし途中で飽きてもAIが農地を管理しているので、自動収穫し終えたら次の人を募集し、耕作放棄地にならずにまた新たな体験者に引き継がれるという仕組み。ここで認められれば「スマート農業検定」の試験が免除され、級も取得できるので、今や多くの希望者が予約待ちをしている。

◆農業テーマパークで、収入も体験も 将来の夢も

そして、「やるなら『おもしろく』なきゃ」と過去に語ってくれた岡本さんは、今では大谷南地区最大の人気スポット、農業テーマパーク「農村ヴィレッジ」の園長だ。(このネーミングからして、おもしろ精神が…)

カボチャに囲まれ楽しそうに夢を語っていた岡本さん(令和5年)

岡本さんは、私たちが初めて会った令和5年にもイベントの構想を温めていた。それを翌年秋に実現したのが、畑でのハロウィンイベント! 自ら育てたカボチャ二千個を販売した他、キッチンカーを招いたりと来場者を楽しませて大成功し、以来、自身の畑に人を呼んで収穫体験などをしてもらう「体験型農業」を行うようになっていった。「農家の仕事の6割は収穫作業だから、そこを収入源にするのは理にかなっている」という戦略が当たって来場者は年々増加。ついに2040年「農村ヴィレッジ」をオープンした。

このテーマパークでは、畑での種まき体験、収穫、袋詰や出荷といった農業の一連の流れが体験できる。特に人気なアトラクションは、生で食べられるカボチャ「コリンキー」の収穫体験だ。

ハサミを渡され、いざ収穫!食べごろはレモン色。

カボチャの仲間だが、味は瓜に近いコリンキー。これの酢漬けは絶品!さっぱりしていて、暑い夏に食べたいメニューだ。

岡本さんはカボチャを「空中栽培」という方法で作っている。土に接触しないことで、よりきれいに作ることができるし、カボチャのツルでできたトンネルは「映えスポット」としても話題! おとぎ話の不思議な世界に迷い込んだような感覚を味わえる。

夏でも快適!トンネルを進む取材班。

「農村ヴィレッジ」人気を受け、各地で観光資源として自分の農地を開放する所が増え、生産農家とイベント農家の分化が進んだ。

さらに岡本さんは、「若者のアイデアにお金を払う時代だ」と言ってSNS広報担当の若者を雇い、農業の魅力発信にも力を注いできた。そうした活動の甲斐あって、今では子ども達の将来の夢ランキングに農家が上位ランクイン! 農業に興味を持つ若者は「ノウカー」と呼ばれるほど増えてきている。

―――「毎年、思い通りにはならない。でもそれが楽しい。毎年、1年生なんだよね」

令和5年の初取材の時、山中さんと岡本さんはそう言って笑った。2054年の今も、やっぱり2人は1年生。大谷南地区に根を張って、新規就農者たちと一緒に日々新しい農業を楽しんでいる。

〔白鴎大学地域メディア実践ゼミ / 氏家綾音・岡結菜・諏訪千咲・小高明日奏〕


>>「未来発!おやまノート」の記事一覧ページへ