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絹地区-取材後記「祖父母の頑張りを次世代へ」絹地区取材チームの編集後記をお届けします! 本編では綴りきれなかった裏話を公開します!
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「途切れた絹糸を、もう一度つむぎ 直して」
真綿で結城紬をPR! 観光も育成も目指す「糸つむぎのさと」
本編の後半で登場した、「桑・蚕・繭・真綿かけ・糸つむぎのさと」。今回の取材で私たちはアポなしで訪れてしまったのですが、NPO法人「糸つむぎ・真綿かけの伝統技術を守る会」理事長の永田順子さんをはじめとする職員の方々が快く出迎えてくれました。館内には実際に使われていた養蚕道具、養蚕・結城紬に関する資料、パネルが並び、原材料(桑、蚕、繭)から製品(本場結城紬)が完成するまでの作業工程を学べます。「本場結城紬を一反作るには、繭が2000~2500個必要!」「一匹の蚕が糸を吐く長さは1200m以上!」などなど、面白い知識がたくさん。ここにいるだけで“糸つむぎ博士”になれてしまいそうです。あれ、変わった見た目の卒業証書のような展示物が……なんと、真綿で作られている!触るだけでも緊張してしまうほど見た目は繊細なのに、はっきり文字も読めて、なおかつ頑丈という完成度の高さにびっくりです。
奥の方では、真綿グッズが販売中。白くてふわふわした真綿の雪だるまや、手編みのストラップ、桑の葉のブローチ——商売を意識したものではなく、真綿のPRになればと思って始めたそう。私たち取材班も、食紅で色づけられたカラフルでふわふわした手触りの良い真綿たちを、仲良く色違いで購入しました。
ここ「糸つむぎのさと」は、地域の観光資源としての役割だけでなく、原料部門での後継者育成を目的として、「手つむぎ糸・袋真綿」の製作技法を学ぶ講習会も開催されています。「地域の伝統産業を後世に残すという使命感を持って取り組んでいきたい」。結城紬が2054年、その先の未来へ紡がれていってほしいという永田さんの願いが、ここにはありました。
磨き上げた技。最高級の結城紬を生み出す秘訣とは・・・
次に、本編でも紹介した伝統工芸士の坂入則明さん。実際に“織り”と“染め”の二刀流技術の“染め”を見ていきましょう。取材時に絣(かすり)くくりのサンプルを見せてもらい、くくってある紐を外させてもらいました。外すことに挑戦した私たちでしたが・・・。
―――と、なんとか紐を取り外した内側部分を見てみると、そこにもちゃんと薄く色が入っている! 「染めてからくくる」のではなく、「くくってから染める」のに、なぜ内側まで染料が? …その秘訣が、絣くくりをした物を染料につけてから叩いて糸と糸の間に染み込ませていく“たたき染め”。ーーー「これが難しいんだよ」。そうすることで、細かい部分までしっかりと染めることができるそうです。
一つ一つの仕事が極められており、それぞれに自信を持っているからこそ、最高の結城紬ができているのだと改めて実感しました。そして、お話を伺っている時に、結城紬を「浴衣」として着てほしいという坂入さんの思いを強く感じました。だからこそ本編の記事では、結城紬を小物として発展させるのではなく、浴衣や着るものとして描く未来像を打ち出しました。
結城紬の「技術」がユネスコ無形文化遺産に登録されている理由を垣間見た取材でした。
祖父母の頑張りを、若い子たちの勢いに繋げたい
小山市立絹義務教育学校で行われているふるさと学習は、絹地区の良さを子どもたちへ伝え、さらにボランティアの先生から技術を学び、先人たちの文化を継承していこうという取り組みです。
学校へ取材に行った際、一番最初に玉野直子教頭先生が「ふるさと学習は『博報賞』を受賞しているんですよ!」と教えてくださいました。博報賞は児童教育の現場に貢献した学校や団体に贈られる賞で、伝統文化を尊重した教育活動であるふるさと学習が評価され、平成30年度に日本文化理解教育部門で受賞しました。評価されているのは教育活動だけではなく、この学習で作られる繭自体も! 茨城県笠間市の笠間稲荷神社で開かれた「献穀献繭(けんこくけんけん)祭」の繭品評会では、2年連続「一位賞」や、最高位である特別賞「大日本蚕糸会会頭賞」まで受賞しています。
先生方は、《この地域に根付いた文化をこの地域の方から学ぶこと》を大事にされています。地元の講師の方が生徒たちの名札を見て、
「〇〇ちゃんは〇〇地区の子かい?」
「きみのおじいちゃんもおばあちゃんも一生懸命養蚕やってたんだぞぉ!」
と、声をかけてくれることで、生徒自身が自分の祖父母がやっていたことはすごいことだったんだ!と気づくことにも繋がるのだそう。
このふるさと学習は技術継承だけでなく、伝統を通して人と人が繋がってきていることを改めて感じる機会になるのです。
「“文化”だけじゃなくて本当に“心”の繋がるふるさと学習になっているなと思います。後継者を育てるのは、やはり難しいとは思うんです。だから直接じゃないとしても、地域を誇りに思う気持ちを繋げるような子どもたちに育っていってくれたらいいなと感じます。」
玉野教頭先生は、子どもたちの未来とふるさと学習のつながりについて想いを教えてくださいました。
中島康成校長先生も、ふるさと学習で後継者を育てる “きっかけ作り”として、今後も活動を続けていきたいとのこと。
紬織物技術支援センター主任研究員で、この学習で講師をしている太田仁美さんは、結城紬の現実を踏まえてこんな期待を抱きます。
「小山市といっても、絹地区だけが本場結城紬の産地になっているから、そもそも後継者を育てても、後継者が活躍できる場所が少なくなっています。絶やさないために色々考えていますが、結城紬は分業ですから、織る人がいてもその間の工程をやってくれる人がいなければ、結城紬はできません。だからこそ、勢いのある若い子たちが『絶やしちゃだめだ!』と立ち上がってくれるといいなと思います。」
本場結城紬を若い世代へ繋げられるように活動する、熱い想い。この取材から想像を膨らませ、本編では「勢いのある若い子たち」が、結城紬を多くの人により身近に感じてもらえるように結城紬サークル(つむサー)を立ち上げるストーリーにしました。
1,2年生で育てた繭が、卒業の証になって——
ふるさと学習を現役で勉強中の生徒会長と副会長のお二人(取材時8年生=中学2年生にあたる)に伺うと、「やはり最初は蚕が怖かった」とのこと。しかし育てているうちに、食べている姿や、白い見た目がかわいく思えてきて、恐怖心は全くなくなったそうです。
ふるさと学習の中でも印象に残っていることは、3年生の時に体験した繭を煮て柔らかくする「煮繭(しゃけん)」と、その繭を、ぬるま湯の中で袋状に広げる「真綿かけ」とのこと。「育てた繭を煮てしまうのが悲しかったけど、最後に真綿かけされて綺麗になった真綿を見て、蚕が作ってくれた繭がこのように役に立つんだなと実感した」そうです。
私たち自身の小中学生時代にこのような経験はしてこなかったので、貴重な体験をできる絹義務教育学校の生徒さんが羨ましく思いました。
このふるさと学習は、絹地区の産業を若い世代に伝えるだけにとどまらず、蚕のおかげで繭ができて、絹が作られていることを再認識できるとても良い機会なんですね。
取材に伺った令和6年の3月、彼ら8年生はみんなでコサージュづくりの真っ只中。紬織物技術支援センターの太田さんに教えていただきながら、 1,2年生が育てた蚕の繭を花びらにしたコサージュを、卒業する9年生全員に向けて作っていました。9年生は、それを胸に付けて卒業する伝統があるそうで、すごく楽しみにしていると先生はおっしゃっていました。
取材を終えて絹義務教育学校を後にするとき、部活中のテニスコートから「こんにちは!」という大きな声の挨拶が!とっても元気をもらえました。この子たちが引っ張っていく絹地区のアサッテは、きっとまだまだ発展し続けていくでしょう。
白鴎大学地域メディア実践ゼミ(諏訪千咲、森谷佳保、長嶋優太、橋本慎之介)
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